昨年のゲネプロ@齋藤先生との衝撃の出会いから、離島医療に関わるようになって、こんなにスピーディーに本物のDrコトーと複数回お目にかかれるとは思わなかったというのが本音で、今回の旅は3回目の面会になりました。
1回目は12月の鹿児島での離島医療の勉強会、2回目は帝国ホテルでのあかひげ大賞受賞後の銀座懇親会会場にて、そして、今回は島に伺ってお目にかかるという信じられないようなペースでお会いできています。これも何かのご縁なんだろうなと思っております。
さて、今回の旅ですが、最初は齋藤先生からのお誘いでした。「3月26日に福岡と鹿児島でノルウェイのグリー先生のセミナーを行うので、その後、Drコトーに会いに甑島に行くんだけど、池上さんも来ませんか?」と。
もちろんスケジュールをチェックして、二つ返事で行くことに決めましたが、甑島の事を全く知らず、それから色々と調べるというていたらくでした。
甑島(WIKI)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%91%E5%B3%B6%E5%88%97%E5%B3%B6
3月26日のDrグリーのセミナー(同日に福岡・鹿児島2回開催)には鹿児島から参加し、ノルウェイの離島医療について学びました。鹿児島や宮崎からドクターやコメディカルの方々が集まり、和気あいあいとした雰囲気でセミナー、懇親会と続きました。
27日の朝8時、鹿児島市内のホテルからレンタカーで川内港を目指しました。車で約1時間30分の道のりです。しかし、波とうねりが大きいということで高速船は欠航、しかたなく、そこから串木野新港に移動し、フェリーにて下甑島を目指しました。
フェリーでの航行時間は約3時間。二等船室でごろごろしながら、ゆるゆると時間が流れていくのが印象的でした。他の乗客の方々も皆さん、横になって眠ったり、まどろんでおられる方が多かったように思います。
フェリーの情報はこちらから
http://www.koshikisho.co.jp/index.php
目的地である長浜港に着いたら、島で教鞭をとられていた先生の離任の見送りに多くの生徒や島民の方が集まっておられました。その様子を見て、本当にドラマみたいなことがリアルに行われていることに感動しました。
長浜港には手打診療所のナースの方が自分の車を置いてくれていて、それを自由に使ってくださいということで貸して頂きました。本当にこういう優しさにも驚きました。長浜港から車で10分ぐらい走って、目的である手打診療所に向かいました。Drコトーこと瀬戸上先生が39年間勤務した診療所です。
手打診療所
http://www.kagoshima.med.or.jp/map/index/990.html
診療所に入って、院長室に向かいました。
院長室では瀬戸上先生が部屋の中のものを整理されており、4月2日の引っ越しに向けての準備をされていました。
Drグリーはオーストラリアの勉強会で齋藤先生に会い、その時にDrコトーの話を聞いて、ぜひ会いたいと日本にやってこられました。それも凄い話ですよね。思いは通じる訳で、瀬戸上先生も「離島医療やっていてよかった!ノルウェイにもつながった!!」と喜ばれていました。
お話をして、写真撮影を行い、院内を案内してもらうことになりました。CTもある検査室や今まで伝説を作り出してきた手術室、そして透析室など色々と見せて頂き、解説を頂きました。
そして、いったん、診療所を離れ、宿泊するレンタルハウスきまま館に向かいました。ここでは家の1階部分と2階部分が分かれていて、それぞれをレンタルしています。今回は4名での来島でしたので、2階の部屋を借りて、男性と女性の部屋に分けて使いました。
1泊2500円という格安ですが、ゆったりとしており、滞在しやすいところです。次に来る時もここにしようという感じです。ちなみにフリーで使える自転車もあったりします。
きまま館に荷物を置いて、まもなく、瀬戸上先生と手打診療所所長の内村先生、研修医の先生方と共にお寿司屋さんでの懇親会となりました。
瀬戸上先生が持参されてきた獺祭で乾杯をして、それからワイワイと楽しい宴会になりました。研修医の先生には面白い先生がおられて、自分でブログを立ち上げられていました。瀬戸上先生も好きにどんどんやればよいという感じでした。タイトルが秀逸ですよね。
お酒も進んできたところで、手打診療所の今までの経緯やどのように進化してきたかということも踏まえて、瀬戸上先生に色々と質問を投げてみました。
先生から帰ってくる答えはどれも納得のことで、瀬戸上先生は離島にいたのであかひげ大賞でしたが、都市部におられたら、大きな病院の院長になっておられたんだろうなとひしひしと感じました。
そして、何よりも感銘を受けたのは、「救命率が高い段階で、一番早く患者さんにタッチできる、それが離島医療の最大のアドバンテージだ。いつになっても挑戦あるのみだな。」
という言葉です。
39年間昼夜を問わずに島民に寄り添ってきた先生ならではの言葉だと思いました。
私はこの言葉を聞いて、離島医療のところは「診療所」「主治医」「家庭医」にも置き換えられると思いました。
都市部の内科クリニックでは経営不振になっているところが徐々に増えています。それは、患者さんにずっと寄り添うという気持ちがないから、患者さんに見放されているとも言えます。
今回、改めて、医療経営の本質は「覚悟」と「愛」なんだと、瀬戸上先生から教えて頂いた気がします。
懇親会も終わり、きまま館に戻る途中、みんなで見上げた空の星の美しいこと。瀬戸上先生が島におられないのは残念ですが、また、この島に来たいと星に願いをかけました。
翌朝、せっかく釣り天国の甑島に来たのだからと、簡単な釣りの道具を持ってきていたので、近くの港で釣りをしました。2時間ほど、ルアーフィッシングを楽しみましたが、ボウズでした。海の透明度も半端なく高く、魚影も濃いので、今度はちゃんと準備していこうと思っています。
朝ごはんを食べて、移動中に齋藤先生が親しく話されている方がおられました。和田さんです。
そうDrコトーのドラマの中で筧利夫が演じていた和田さんは実在の人だったんです。凄いですよね。お願いして一緒に写真を取らせて頂きました。
午前中は少し観光に行こうということで、しんきろうの丘とナポレオン岩を目指しました。
しんきろうの丘は現代のように自動車道もない時代に、医師であった青瀬地区在住の平田清氏が峠を越えた瀬々野浦地区に行く途中、水平線のはるか彼方にビル街を見たときの不思議な感動を呼んだ句の歌碑があります。この歌碑はマンガ「Dr.コトー診療所」にも登場します。
たぶん中国の街が蜃気楼で見えたのだろうと言われています。ちょうど東シナ海の対岸は上海になります。
それから、ナポレオン岩に向かいました。ナポレオン岩は下甑島の瀬々野浦集落(長浜港から車で約30分)の沖合の海上に突き出た高さ127mの奇岩。横から見るとフランスの皇帝に似ているところから「ナポレオン岩」という愛称で呼ばれています。
その荘厳な雰囲気に見ているものを魅了しますし、海の美しさも同時に凄く魅力的です。釣り人としては、このあたりでやってみたいと思える地域です。
ナポレオン岩を見て、再び手打診療所に向かい、瀬戸上先生と内村所長、診療所スタッフの皆さんにご挨拶をさせて頂きました。ちょうど、マイナビの方々も取材に来られていました。皆さん、やっぱり瀬戸上先生のことが好きなんだなと改めて感じた次第です。
そして、診療所で皆さんとお別れし、長浜港に着いたら、診療所でお別れした内村先生が先回りして待ってくれていて、甑島の塩をお土産にとプレゼントしてくれました。なんとも最後まで優しくて気遣いのある島の旅でした。
そして、フェリーに乗り込み、鹿児島串木野港、そして鹿児島市へ移動して、甑島の旅は終了しました。
今回の旅ではノルウェイのDrグリーと齋藤先生、そしてゲネプロの呉さんと共に旅をさせて頂きました。皆さん、それぞれが素晴らしいキャラクターで、それぞれが面白い経験をお持ちで本当に楽しい旅でした。
私は基本的に一人旅が好きなのですが、こういう予想もつかない旅というのもいいですね。また、今年も離島取材の旅を続けますので、興味がある方はぜひお声がけくださいね。
最後に今回、お世話になったゲネプロの齋藤先生、呉さん、そして瀬戸上先生をはじめとする甑島の皆さま、本当にありがとうございました。また、お目にかかれる時を楽しみにしております!!
離島医療情報ネットワーク編集長
池上文尋
この記事へのコメントはありません。