離島歯科医療

やまねこ歯科医院取材パート1(松尾和樹院長先生インタビュー)

今回は、離島医療情報ネットワークとしては初めて、歯科医院をインタビューさせていただきました。

お話を聞かせていただいたのは、長崎県対馬市にある“やまねこ歯科”の歯科医師、松尾和樹院長先生と歯科衛生士の吉田さんです。

こちらの歯科医院では「痛いから行くではなく、痛くならないために」をモットーに予防歯科に力を入れていらっしゃいます。

対馬の地で開業されるに至った経緯や、予防歯科に力を注いでいる理由など色々と興味深いお話をお伺いすることができました。

松尾和樹先生です

なぜ、離島に歯科医院を開業されたのでしょうか?

最初は、地元の方からの声かけでした。対馬というところは、離島ですが長崎県福祉保健課基礎資料によると歯科医院が15軒あります。人口は開業当時で34,000人ほど。地元の方に話を聞いてみると、どこの歯科医院であっても2週間以上待たなくてはならないという状態でした。患者さんが多く、診ることができる人数に限りがあったようです。
そのため、歯科医院をつくらないかということで、現地の地主さんからお声がけいただいたのが始まりですね。

私はもともと専攻が予防歯科だったのですが、どうして2週間待ちの状況になるのか色々と検討してみた結果、必ずしも歯医者が足りないわけではないということに気付きました。

東京などの都市圏では1軒の歯科医院に5、6人の先生がいることもありますが、対馬では15軒の歯科医院があっても歯科医師は15人。そのほとんどが50代、60代の先生です。一生懸命、患者さんを診ていらっしゃいますが、体がついていかない部分もありますし、重篤な状態になってから来院される患者さんが数多くいるために、一人あたりにかける時間がどうしても長くなってしまいます。また、重篤であればあるほど通院回数も増えます。当然、途中で中断する方もいますが、中断したとしても3年から5年でまた戻ってきますので、結果的には悪循環になってしまいますよね。

私は16軒目の歯科医院としてデビューしましたが、単に一つ増えただけの2週間待ちの歯科医院にはなりたくないというポリシーがありました。つまり、この社会問題を解決しなければ、いつまで経っても変わらないと考えていたのです。

現在、15軒の歯科医院がありますが、50代、60代の先生が半分以上を占めているこの現状では、おそらく10年も経てば自然と歯科医院は半分に減ることは容易に想像できます。
そのような状態で、さらに歯が痛くなってから受診するという生活を続けていれば、2週間どころか3か月待ち。結局、手遅れになってしまうという事態も考えられますので、そこを変えたかったというのが出発点ですね。

歯医者への受診の仕方や、受診態度そのものをガラッと変えられるよう患者さんに働きかけることが私たちの仕事だと思っています。

離島に歯科医院を開業されるにあたり、印象に残っていることはありますか?

まず一つは、歯科衛生士のことですね。正直言って、設備は何とでもなります。ここまで運ぶコストや修理対応のことなどを考えると、業者さんが大変だという部分はあるのですが。

ソフト面として、最初は歯科衛生士がいないという問題を抱えていました。
私たちが開業するときには島に歯科衛生士が10人しかおらず長崎県福祉保健課基礎資料によると歯科医院によっては、歯科衛生士なしで診療にあたっているところもあるという状況でした。

一見、歯科医師と歯科衛生士は同じようなことをすると思われがちですが、歯科衛生士は予防に特化した職業です。患者さんが、病気にならないようにするため、様々なことを教えるという役割を担っています。看護師とは少し異なる部分があり、ちょうど保健師のような役割を担っていると思っていただければ分かりやすいでしょうか。

歯科衛生士は看護師でもあり保健師でもあり、助産師でもあります。処置もするし、指導もする立場である一方、歯科医師はあくまで外科的介入、処置をする側です。

つまり、歯科衛生士は病気にならないよう教育をする役割を担っているのですが、そういった職種がたくさんいなければ私たちが目指す予防歯科は成り立たないわけです。

結局、開業の直前まで探し続けてようやく3人の歯科衛生士に来てもらえることになりました。そのうち2人はご主人が自衛隊の方で、たまたま転勤で対馬にいたという方です。歯科衛生士の資格を持っていたため、こちらから働いて欲しいとお願いしました。

もう一人は福岡に住んでいる方なのですが、平日だけ対馬に来てもらっています。

診療内容は、虫歯の治療が一番多いのでしょうか。

現在、1日平均20〜30人くらいの患者さんがいらっしゃいます。
開業一年目は確かに虫歯での来院が多かったのですが、予防歯科と言い続けている効果が徐々に現れ、いまはメンテナンスで来られる方が9割ですね。
残りの1割は、これから予防処置に移るための虫歯の治療や歯周病の手術、入れ歯を作る方などです。

歯医者でよく使われるドリルは、もう1日に1人いるかどうかといった感じですね。

島には高齢の方も多いと思うのですが、在宅訪問もされていますか?

在宅訪問は、今年の8月にようやく先生が見つかったので担当していただいています。ただ、在宅訪問歯科は何をするのか、ということを島民の方はわかっていない状態なので、これが新しい課題ですね。

予防治療を始めた当初の「予防って何だろう?」という感覚と同じで、みなさんまだ、受け入れる準備が整っていないのだと思います。

現在、スタッフはどのくらいいらっしゃるのでしょうか。

歯科衛生士が6名ですね。来月、ここで働きたいという方が熊本から来られるので、1名増える予定です。また、来年の1月にも、今の仕事を辞めて対馬で予防治療をしたいという方が増える予定です。

昨年は、妊娠等により歯科衛生士が減った時期もあったので、増えてきて嬉しいですね。

ドクターについては、私の他に訪問診療を担当している先生がいます。訪問診療の先生はそちらに徹してもらっていて、診療所のことには関わっていません。
また、東京から口腔外科を専門にしている先生と、福岡から矯正歯科を専門にされている先生にも来ていただいています。

実際、私たちは治療というよりも予防に力を入れているので、歯科衛生士による教育がメインとなるのですが、治療も怠らないよう準備は常にしています。

対馬特有の患者さんの傾向があれば教えてください。

知らないことへのハードルが高いですね。聞いたことがないことについては、怪しいと感じていたようです。

例えば、予防歯科というと聞こえはいいのですが、歯磨き指導ばかりしていると感じられるようです。実は、歯科衛生士専門の処置もしているのですが、患者さんからすると歯磨き指導のことばかり言われることもあり、医師との疎通が上手くいかずに不満を抱いていた部分もあったようです。

患者さんは、歯磨きが大切だということはわかっているけれども、何かしてもらうことが医療だと思う傾向があります。口を開けたら先生が何かをしてくれて、それに対してお金を払っているという意識が強いとは感じました。

離島だからこそ、歯科治療において困ったことはありますか?

確かに、設備が故障した時にはすぐに直らないですよね。一度、ネットワークがダウンして一日診療がほとんどできなかったことがあるのですが、その翌週に10連休がありましたので、その間に来て修理してもらったということがありました。

歯科技工士へのアウトソーシングや血液検査には多少時間はかかりますが、それほど困ることはないですね。

難しいオペや重症度の高い患者さんの場合は、どのようにされていらっしゃるのでしょうか。

長崎県対馬病院が近くにあり、そこで全身麻酔を依頼して私たちが口腔外科手術をしています。局所麻酔で可能な範囲の手術に関しては、大体のことは私たちで行いますが、骨折など全身麻酔でなければ到底、耐えられないような手術については対馬病院の先生と連携を取って、バトンを渡すことはあります。
もともと開業当初、転倒したお子さんの緊急手術が必要で全身麻酔を依頼したことからこの連携が始まったのですが、ただでさえ忙しいのに対馬病院の先生方やスタッフの方々は嫌な顔一つせず患者さんのために協力してくださるんです。対馬病院だけでなく、近隣の医院の先生方も患者さんのことで相談させていただくと大変親切に対応してくださるので、対馬の方々はこういう医療者がいて本当に幸せなことだなと思います。それと同時に、こういう状況を当たり前とせず、私たち歯科から病気予防の考えを普及することで少しでも医科の先生方やスタッフの方の負担が減らせたらいいなと考えています。

予防医療を中心とした診療を行っていますが、経営的には成り立つものなのでしょうか。

予防医療なので点数もそれほど高くなく、すごく収入があるわけではありません。ただ、私たちは歯科衛生士に価値をおいているので、その方たちに最大限、給料を出したとしても、経営的には十分やっていける部分が大きいと思っています。

おそらく、インプラントで有名な歯科医院の方が収入はあると思いますが、長い目で見ると、患者さんが継続的に来てくれるような歯科医院であれば、生涯かけて使うお金はインプラントを入れてから一度も来院されない場合と比べて、総支払額としてはそれほど変わらないのかなと思っています。

今後、力を入れていこうと思っていることがあれば教えてください。

講演会での活動をしていこうと考えています。離島において不足している歯科衛生士をいかにして集めるかというノウハウですね。

離島でこそ予防が必要だ、ということを普及していかなくてはいけません。そのためには、多くの離島医療に携わる方に現状を知っていただき、参考にしていただければと思っています。

今は、海外の業者とやり取りもしており、海外で日本式の予防歯科を広めていくという活動にも取り掛かろうとしているところです。

他の離島に歯科医院を開業される予定はありますか?

要望があればという感じですね。
今はまだ、対馬における予防歯科が完璧にできているわけではありませんので、しっかりと腰を据えて取り組んでいこうと思っています。ただ、今後お声がけをいただいたり、一緒にやりたいといってくださる先生がいれば協力していきたいと考えています。

土日は完全予約制となっていますが、どのような診療を行っているのですか?

基本的に、私が診療するのは平日なのですが、土日は口腔外科専門の先生や矯正の先生に来ていただき、治療してもらっています。

最後に伝えたいことがあれば、メッセージをお願いします。

どうしても、医療者というのは悪くなってから一生懸命治してあげるということに集中しがちである一方、悪くならないように教えてくれる医療者はとても少ないと感じています。

島民の皆さんも誰にそれを教えてもらったらいいのかわからないという状態なので、そこを解決することは、医療者の責務ではないかと考えています。

病気になってから治すという考え方は一つの手段ではありますが、健康で幸せに生きたいという願いをサポートすることが大切ではないでしょうか。

例えば、横断歩道を渡っている方がいて、そこに車が飛び出してくることがわかっているのであれば、車に轢かれてから何かをしてあげるのではなく、危ないよと一言、声をかけてあげることが本当のあるべき姿なのではないかと。

しかし人間何も起こってない時にあまり人のアドバイスを一生懸命聞こうとはしません。ですからこの声をかけるということは簡単なようで実は非常に難しくて、治療の技術を高めることと同じくらい多くのトレーニングが必要だとも感じています。

今後は、離島で活躍されている皆さんと情報を共有し、歯科の分野から色々と発信していけたらと考えています。

<まとめ>
治療だけではなく、離島だからこそ予防が必要だというお考えのもと、島民の方々の意識改革からされていらっしゃる姿には本当に頭が下がる思いです。

開業されてからのご苦労もたくさんあったかと思いますが、この思いやノウハウをこれからは対馬から発信していきたいということなので、他の離島に良い影響を与えていかれるのだろうと期待しております!

★やまねこ歯科医院取材パート2では歯科衛生士の吉田氏にインタビューをさせて頂いた模様をお送りいたします!(10月25日公開予定)

関連記事

  1. 離島における歯科診療の実態とは?
  2. やまねこ歯科医院取材パート2(歯科衛生士の立場から)

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